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危険運転適用求め遺族らが署名活動 亀岡暴走

京都府亀岡市で登校中の小学生ら10人が死傷した事故で、遺族らは2日、運転していた無職少年(18)=自動車運転過失致死傷などの非行事実で家裁送致=に、罰則の重い危険運転致死傷罪を適用するよう京都地検に求める署名活動を京都市内などで行った。

 少年が京都家裁から検察官送致(逆送)される場合に備えた活動。飲酒運転の車で19歳の息子を亡くした真野哲(さとし)さん(50)=名古屋市北区=らほかの交通事故遺族も駆けつけた。


京都市下京区の四条河原町交差点では、遺族らが犠牲者の顔写真をプリントしたTシャツを着て署名を呼びかけ、通行人が次々と足を止めて協力していた。「被害者遺族会」代表で、亡くなった松村幸姫(ゆきひ)さん(26)の父、中江美則さん(48)は「子供たちの悔しい気持ちを広く社会に訴えたい」と話した。

 東名高速事故で2人の娘を失い、危険運転致死傷罪の新設に奔走した井上保孝さん(62)=千葉市花見川区=も街頭に立ち、「危険運転罪の適用は、被害者だけでなく国民全体の願いだ」と語った。

 遺族らは3日も街頭で署名活動を行うほか、インターネット上でもフェイスブックのサイト「幸姫 愛鈴(ありん) ありがとう」を通じて署名を集めており、今月中旬ごろまでに地検へ提出することにしている。


車の存在自体がもはや「凶器」

被害者の遺族側の主張している危険運転致死傷罪の適用要件として、「日常的に車を運転する、制御する技術を全く持っていないため、車をコントロールすることができない」みたいな要件があるらしい。ただ、今回の加害者は無免許だった。無免許ならそりゃ運転技術なんて持ってねーだろ!wというのが一般の方の総意かもしれない。ただ、司法は違うのである。無免許だろうがなんだろうが、日常的に彼らは運転していたのである。勿論、技術的には未なところがあっただろうが、無免許ながらも日常的に車を運転していたことから、この要件には当てはまらない。というのが裁判所の判決のようだ。言われてみれば、確かにそうだな・・・wと思えるのだが、被害者遺族からしてみれば、そんなのたまったもんない!ということになるだろう。

ここで、免許とは何か?免許とは許可を下ろすための証明書だと言える。では、「許可」とは何か?許可とは禁止されているものを一時的に撤回することである。そう、車の運転というのは本来禁止されるべきものなのである。それくらい危ないものなのだ。車を運転している同士ならまだしも、車を全く運転しない人にとってみれば、何ら関係のないところで、不慮の事故に巻き込まれる可能性があるのだ。相当理不尽なことだ。だから、事故に遭いたくなかったら外に出るな!といっているようなものである。

車は凶器になり得る。だからこそ禁止されるべきものであって、それを免許という形で許可を出す。ただ、それが一定の期間教習を受ければ誰でも取得できるようなもので、当たり前のように大量の車が行き交っている今日を見ると、そんな許可は意味を成していない。結局、許可を得た人間が毎日当たり前のように事故を起こしているからだ。その当たり前の事故にはそれには何ら落ち度のない人も数多く巻き込まれている。今日のような便利な車社会が到来してしまった以上、今更何を言ってもどうにもならないことだが、車を運転しない人間にとっては車とは相当理不尽な存在なのである。
[ 2012/06/02 13:34 ] 社会問題ニュース | TB(0) | CM(2)

例えばバットは運動場で野球の際には思いっきり振り回すことが想定され、許容されている道具です。しかしデパートや駅で振り回すことは許されていません。もし許容外の使用で他人を傷つければ凶器と見なされ罪に問われます。
例えば包丁は台所で調理の際に食材を切りつけたり切断したりすることが許容されている道具です。もし街中で人を切断したら包丁は凶器であり、その行為は殺人です。
自動車は教習所に通い、試験に合格し免許証を所持している者にとってのみ許されている移動や運搬のための道具です。免許証を所有していない者にとっては、エンジンをかけたりハンドルを握ったりすることが許されていない単なる金属の塊です。免許証を所有していない者が自動車を運転した時点でそれは自動車ではなく、凶器として利用された殺人のエネルギーを有する金属の塊です。
バットによる殺人には野球のルールは適応されません。包丁による殺人には食品衛生法は適応されません。同様に無免許の者が扱った自動車には道路交通法が適応される理由がありません。道路交通法は一連の訓練と手続きを踏んで運転免許証を所有する集団の規範ですから。したがって亀岡の件は交通事故ではありません。ある凶器を利用した殺人事件です。ある凶器というのがたまたま自動車だっただけです。

我々は自己の欲望を満たす際には往々にして何か代償が必要です。例えば一日遊園地で遊び楽しみを得る代わりに、苦労して手にしたお金を支払います。
本来なら自動車を運転する資格がないにもかかわらず一晩中運転したいという欲望を満たしたのですから代償として人権を支払ったと解釈していいのではないでしょうか。
亀岡の殺人事件の犯人には一切の人権を認める必要はないと思います。

現行犯逮捕にて冤罪の余地はないので死刑でしかるべきでしょう。
[ 2012/06/06 12:33 ] [ 編集 ]

コメントありがとうございます!

私も少なくとも無免許=事故を引き起こす可能性大=人を死なせてしまう可能性大と考えると、事故というより殺人と考えても不思議ではない気がします。
[ 2012/06/06 15:36 ] [ 編集 ]

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